金次郎、「世界標準の経営理論」でビジネス気分(後編)

先日ある先輩の壮行会を開催しようということで、かつてよく集まって騒いでいたメンバーと久々に初のオンライン飲み会という試みで再会しました。相変わらずのバカ話の連続で、その内容は当然ここで共有できる代物ではございませんが、皆でゲラゲラとしつつ楽しく時は流れました。

しかし、お腹を抱えて笑いつつも、なんとなく一抹の違和感がずっと払拭できず、色々とその理由を考えて辿り着いた答えが、参加者Aさんの得意技であるおやじギャグすなわちダジャレが全く聞こえてこないという事実でした。

以前のAさんは、5分に一度程度は脈絡が有るもの無いもの、面白いものそうでないもの、直ぐに分かるもの完全にスルーしてしまうもの、などなど玉石混交ではあるものの非常に多彩かつ臨機応変なダジャレをその会合の通奏低音よろしく奏で続けるまさにダジャレのファンタジスタだったのですが、今回は15分経過しても30分が経っても一言のダジャレも放ちません。

ようやくその違和感の原因に気づいた我々は、体調でも悪いのかとAさんにその変容の理由を尋ねたのですが、Aさんの返答は「ダジャレはねぇ、もう無理なんだよ。」という哀愁漂うものでした。

よくよく背景を聞いてみると、リモートワークが導入されたこの1年は、ダジャレがもたらす場の空気感のリアルな変化を鋭敏にかぎ取りながら、独自のダジャレ世界を構築するスタイルのダジャレファンタジスタAさんにとっては、まさに地獄の日々だったそうです。

どういうことかと言うと、リモートワークあるあるではあるのですが、接続不良による言い直し、ダジャレ発言に対する真剣な質問、場が凍ったのかPCがフリーズしたのか判断できないもどかしさ、などダジャレ使いにとっては恐怖以外の何物でもない多くの不運を経験してしまったAさんは次第に心をすり減らし、遂には我々の会話にテンポと緊張感、そして何よりたくさんの笑いを提供してくれたあのダジャレを封印するに至ったとのことでした。オンライン許すまじ!

金次郎は意外とリモートワークには順応し、それなりに楽しく大過無く仕事もプライベートもオンラインでこなしているつもりでしたが、ようやく人生のスパイスたるユーモアを我々からいつの間にか奪うこのオンライン生活の恐ろしさを実感し、とにかく元のリアル面談、リアル飲み会生活に早く戻りたいと切実に願った瞬間でした。そう考え始めると、オンラインに蝕まれて自分がすごく口下手、トーク下手になってしまったのではないかというネガティブな気持ちが膨らんでくるから恐ろしい。読者の方で金次郎を直接ご存知の方は「トークまだまだいけますよ。」と嘘でも言って慰めてあげて下さい(笑)。

さて、前回全く紹介しきれなかった「世界標準の経営理論」(入山章栄著 ダイヤモンド社)の後編です。文芸書がお好きな方のために、最後は小説の紹介をするスペースも残したいところです。

前回の続きとなる18章からは認知心理学をベースとした理論の解説に入りますが、いきなりホットなリーダーシップ理論から始まっており、リーダーシップの定義として他人に影響を与えその行動を変化させるもの、とありシンプルで分かり易いです。最新の理論では、契約と報酬で人を動かすトランザクショナルリーダーシップ(TSL)が世界がより豊かで不確実になることで機能しづらくなり、ビジョンと啓蒙を通じて発揮されるトランスフォーメーショナルリーダーシップ(TFL)がその重要性を増していて、更に言うとそのTFLを組織員の多数が意識するシェアードリーダーシップ(SL)が最強である、との整理になっています。SLはより複雑なタスクで威力を発揮するとのことで、まさに現在のビジネス環境にフィットしていると思います。

19章はモチベーションの理論でこれもなかなか面白い。プロソーシャルモチベーション(PSM)として他者の役に立つことを自己効力感同様モチベーションの源泉としている点は非常に興味深いです。あとはチャレンジングかつ具体的なゴール設定、成果に対するフィードバックの重要性が強調されていて、確かにうちの会社でもそう言われている!と思いました(今更)。

21章の意思決定の理論は大変好きな分野なのですが紙幅の都合で泣く泣く割愛。でも、直観の重要性が科学的にも実証されつつあり、サイエンスとアートの二元論はもう古い、という著者の見解には100%賛成です。

22章の感情の理論では、ネガティブな感情もそれを認識しつつうまく喚起してポジティブ感情と組み合わせて使うべき、とあり、感情をコントロールする方法として認知を動かして感情を追随させるディープアクティングが紹介されています。この辺は認知心理学をベースとして経営学が進化していることを分かり易く実感できる好例ですね。もはや感情は精神論ではない、との著者の言葉が響きます。

23章はセンスメーキング理論の紹介で、絶対的な真実は存在しないという認識論的相対主義の立場に立ち解釈の多義性を受容した上で、組織としての納得感、腹落ち感に繋がるストーリー構築能力が重視されていると解説されています。行動を起こしてストーリーを実現していく自己成就的なアクションについても、その重要性に関して言及されています。金次郎も日々の業務で行動することの意味を噛みしめておりますので共感度高いです。

24章~27章は人と人との繋がりについて経営学的に分析してあり大変興味深く読みましたが、こちらも長くなってしまうので割愛します、残念。

28章は社会学ベースの制度理論の解説です。同じレジティマシー(正当性)が通用する範囲に存在していると、制度的なアイソモーフィズム(同質化)の圧力のため、みな似たような組織になってしまう、ということのようで、強制的、模倣的、規範的圧力がその代表的なものとされています。グローバル化しようとする企業は常識の通用するフィールドの外で勝負する必要があり、レジティマシーの対立に苦しむこととなるので、それを如何にして乗り越えるべきか、という説明がされています。

30章は組織エコロジー理論、31章はエコロジーベースの進化理論ということで、生物生態学の考え方を企業にあてはめ、生態学的にみた進化の段階に応じて企業の取るべき戦略を考える、という話です。進化は、多様化(Variation)、選択(Selection)、維持(Retention)、苦闘(Struggle)の段階を基準に分類されています(頭文字を取りVSRSと呼ばれる)。このVSRSの優れもののところは、企業全体というマクロ視点のみならず、会社組織内部の人材や情報といったミクロ視点においてもその状態が進化ライフサイクル上のどの辺りに位置付けられるかを認識するのに分かり易く使える、という点ですね。進化に関わる、密度依存仮説、年齢依存仮説、捕食範囲の理論、なども企業の様々な構成要素にあてはめて考えてみると面白く、特に捕食範囲理論におけるゼネラリストとスペシャリストの比較は興味深かったです。生態系での他の生物との共進化の仕組みと企業における提携や協業をアナロジーで捉えてみたり、生物におけるDNAのように企業内での人材や情報は所与ではない点に可能性を見出す、など切り口として新鮮ですし、また、生物の進化という大それた視点を持ち込むことで、企業に欠けがちな超長期の視点を意識して考えるという点も勉強になりました。

32章はレッドクイーン理論の紹介です。この理論は、倍のスピードで走らないと前には進めない、という有名な赤の女王の発言(不思議の国のアリス)を引用したもので、競争、切磋琢磨が進化を生み出す、という話なのですが、実は競争を意識し過ぎると環境への適応でなく競争そのものが目的化してしまいガラパゴス化に突き進んでしまうという逆説が説明されていて面白い。現代のように変化の激しい環境においては単純に競合している他社をベンチマークするのではなく、企業ヴィジョンの実現により焦点を当てなければならない、アリスは早く走るのではなく空を飛ぶことを考えなければならない、というのは正にその通り、と思いました。

随分長くなってしまいましたが、この後はこれまで出てきた理論の別視点での繰り返しや実証研究の手法などが説明されている部分にて非常に有用ではありますがここではあえて触れません。

さて、へとへとですが話題の小説の紹介を少しだけ。

「灰の劇場」(恩田陸著 河出書房新社)は、小説を読み過ぎた日の翌朝に自分のいる世界が虚構の続きなのか現実なのか判然としない感覚をよく経験しますが、読んでいるそばからそんな気分にさせられるお話です。著者(と思われる人)が偶然目にした新聞記事をきっかけに、その記事で報じられていた二人の女性の生活と著者の日常が少しずつクロスオーバーし始める、という不思議体験が筋の中心なのですが、日常と地続きの絶望、本当に何気ないものとしての死が淡々と描かれていて、少し怖めの読後感でした。

「正欲」(朝井リョウ著 新潮社)は話題で売れている作品ですが、多様性の受容という耳触りの良い言葉を聞いて感じていた引っかかりを、許容〈してやる〉側からの線引きという傲慢、また、一般マイノリティとも分類されない超少数派の視点での空虚で宙吊りの多様性、との切り口で整理してもらい少しすっきりしました。確かに、LGBTQのアルファベットはどこまで増えればこの社会を網羅できるのか、網羅しないとすれば誰がその線を引くのか、考え始めると本件がなかなか難しい問題であり、〈多様性の受容〉の一言で片づけられない重いテーマであることが分かります。こういうところに着眼して、物語の形で言語化して世に問える著者の慧眼に敬意を表します。

本当に長くなってしまいすみません。お付き合いいただきありがとうございました。

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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