金次郎、谷崎潤一郎先生の代表作「細雪」を読了

9月までのかなり長い間ほとんど在宅勤務をしていたのに、先週は突然4日も出社してしまい非常に疲労困憊した一週間でした。一方で引きこもり在宅勤務の副作用で49年の人生で最も口下手な状態に陥っていたものが、客先訪問での営業トークやオフィスでのコーヒーを飲みながらのちょっとした雑談を通じて中学時代レベルまで回復してきた実感が有り、少しほっとしました。これからもリハビリを頑張って、見ず知らずの人たちで満員のエレベーターに笑いの渦を起こしたり、喫茶店での友人との会話で笑いの総数がやけに多いと思っていたら喫茶店のマスターがカウンターの向こうに隠れてげらげら笑っていたりした、かつての実力を何とか取り戻したいと思います。職業不詳ですね(笑)。

前回のブログでは「はしご」のダーローダンダン麺を食べたパターンを紹介しましたが、出社の一つの楽しみは客先訪問のついでにいつもと違うランチを味わえる点かと思います。先日も、珍しく青山エリアを訪問し面談を終えた後お昼時となり(決して意図的ではございません)、ずっと行かなければならないと思っていた念願の「とんかつ七井戸」に伺うことができました。ここは金次郎の勝負店である「焼鳥今井」の今井さんが自らとんかつを揚げているお店で、当然の如くチキンカツが評判となっているお店です。しかし当日は、あの素材にこだわり抜く今井さんが選んだ豚肉とはどういうものかとの期待から、やや高価ではあったものの、これまで外食せずに貯め込んでいたお小遣いをはたいて一番値の張る特製ロースカツ定食的なものを注文しました(メニュー名を忘れてしまいました、すみません)。今井さんとの久々の会話で旧交を温めつつ待ちに待った後、出来上がったロースカツにソースをかけずお塩のみでいただきましたが、脂身の有り得ないほどさわやかな味わいとコク、ジューシーで柔らかく、かつクセの無い肉の旨味が素晴らしいさすがの逸品でした。悲しいことに霜降りのような脂身の多い肉をたくさんは食べられなくなってしまった中年の金次郎なのですが、全く胃もたれすることなく夕食もきちんと食べられたという若返ったかのような体験で大満足なランチとなりました。ちなみに、別の物を注文した後輩に端切れカツを食べさせたところ、自分が注文したカツも相当旨いと思ったが、わずかな端切れ肉を食べただけにもかかわらずその上を行く旨さと感嘆しておりました。

とんかつと言えば、湯島の「蘭亭ぽん多」や秋葉原の「丸五」がお気に入りでしたが、これらの名店に勝るとも劣らないクオリティで、今後青山・外苑前方面の顧客を重点的に開拓すべくビジネス戦略の修正を検討しようと一瞬血迷いそうになるほど美味しいお店ですので、ちょっと並ぶリスクは有りますが皆さん是非一度お試しいただければと思います。殆ど関係有りませんが、ちょうど読み終わった「カラ売り屋、日本上陸」(黒木亮著 KADOKAWA)の主役であるカラ売りファンドのパンゲア&カンパニーの事務所が「とんかつ七井戸」や「焼鳥今井」と同じ渋谷区神宮前でちょっとシンクロ感有りました。勿論この本はこの本で、今ひとつよく分かっていなかった借株からのカラ売りの仕組みやコストなどがクリアに理解でき、株価操作のパターンのイメージも湧いたので、なかなか興味深い内容でおすすめです。

さて今回は未読で恥ずかしかった「細雪」(谷崎潤一郎著 KADOKAWA )の紹介です。以前紹介したヒトラー関連の本の中で、当時ヒトラーが一般のドイツ国民に支持、信頼されていた状況の傍証として「細雪」中のドイツ人からの手紙が引用されており、少し興味が湧いたのをきっかけにこの名作に挑戦することにしました。

舞台は阪神。家勢は衰えたとはいえ大阪船場の旧名家としての誇りに拘り、あるいは縛られながら生きる蒔岡家の四姉妹の悲喜こもごもを描いた作品です。物語は三女雪子の縁談という大きなテーマを軸に展開しますが、徹底的に体裁や世間体を金科玉条とする世界観や歌舞伎などの演芸への執着が、戦争の足音に不穏の度を高める昭和10年代の世情とあまりにも乖離していて、その浮世離れ感が、後に訪れる敗戦という滅びのイメージとの鮮烈なコントラストの中で、何とも言えぬ美しさの印象を読み手の心に遺します。

船場言葉の味わいも心地よいですし、大阪らしいというか娘らしいというか、ルドルフさんを湯豆腐さんと呼ぶようなユーモアも随所に見られ結構笑いを誘われますし、滅びゆく美を描いた名作、大作ではあるものの、全く堅苦しさの無い読み易い内容で素直に面白くて楽しめました。

主人公の四姉妹もそれぞれのキャラがしっかり立っており、言動の一貫性が常に担保されているので感情移入し易く、心のうちをじっくり考えてみようという気持ちにさせられ自然と読みが深くなりました。金次郎は、一見優柔不断で悩んで泣いているだけのお嬢様に見えて、いつの間にかきちんと判断し決断して物事を前に進めてしまっている次女幸子の人間力に感服しながら読んでおりました。長女鶴子は登場頻度低いですが、自分の意見を明示しないくせに頑迷という非常に面倒臭い性格の三女雪子、反発する心情もその帰結としての言動もよく理解できる四女妙子とその他姉妹も魅力的に描かれており、それぞれがご令嬢らしく雅で全体として華やかなイメージで溢れているのも楽しみながら読めた一因と思います。そして何より、この姉妹がどんな時でも仲睦まじいことに心が洗われるのですが、その象徴的なシーンである、芦屋の幸子宅の縁側で、妙子が姉雪子の足の爪を切ってあげている場面には、ちょっと言葉にできない美しさと谷崎先生の筆力を感じました。谷崎先生が足フェチというのは有名なようですが(笑)。その他にも色々な人が出てきますが、金次郎としては、不潔でおしゃべりで食いしん坊で仕事嫌いだけど何故だか人に好かれて蒔岡家には無くてはならない女中のお春の断トツの存在感に助演女優賞をあげたいと思います。

「時の娘」(ジョセフィン・テイ著 早川書房)は犯人を追跡中に骨折してしまい入院加療となったグラント刑事が、ひょんなことから悪名高い英国王リチャード3世の悪評に疑問を抱き、ベッドの上から犯罪捜査の手法で数百年前の真相に迫ろうとする歴史ミステリーの名作です。歴史は常に勝者によって書き換えられているという前提に立ち、通説を鵜呑みにすることなく、その出来事に必然性は本当に有るのか、という視点で批判的に歴史的事実を眺める姿勢が重要と再認識させられた面白くて勉強にもなる良書でした。恥ずかしながら金次郎はリチャード3世がどれだけ悪逆非道とされているのかをよく認識できていないので、これを機にこれまであまり読んでこなかったシェークスピアの王室ものの戯曲にも挑戦してみようと思いました。

やはり出社し始めると色々とブログに書けそうなネタが増えるのでありがたいです。先日は読書の先輩と会食の機会が有り、たくさん本の話ができて大変楽しかったです。本屋大賞予想対決の必勝法を教えていただいた気がするのですが、久々の飲み会で酔っ払い内容を忘れてしまいました。また負けるのか。。。


読書日記ランキング

投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA