「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2」の大人の事情を考える

突然ですが、Oxford dictionaryが選ぶ2021年のword of the yearはvaxとなりました。名詞の場合の意味はvaccineと同じでそのままワクチン、動詞として使う場合はvaccinateと同じ意味でワクチンを接種する、という感じになります。2020年は様々なcovid-19関連の言葉が使われ過ぎてword of the yearが絞り切れず選べなかったことを考えると、良くも悪くも今年は世界中こぞってワクチン打ってコロナに勝つ!というトレンド一色の年だったということになるでしょうか。ちなみに2019年はグレタさんの影響でclimate emergency、2018年はtoxic、2017年はyouthquakeがそれぞれword of the yearとして選出されていたようです。今年は日本の流行語大賞もワクチンになるかと思いきや、新語でないということで既に発表された30件の候補には入らず、金次郎としてはこのブログで取り上げた〈うっせぇわ〉〈ゴン攻め〉〈副反応〉にぜひ頑張ってもらいたいところです(笑)。余談ですが、中国駐在から帰任された方と本日久々にお会いしお昼をご一緒したのですが、現地でSinovacを2回接種され、帰国後にもファイザーを2回打たれるとのことでブースター越えの4回接種には無敵マリオオーラを感じました(笑)。

さて、無理くり英語のword of the yearを持ち出したのは以下の本の紹介をする前振りです(笑)。「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2」(ブレイディー・ミカコ著 新潮社)はノンフィクション書大賞を取って売れまくった「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(同)の続編です。金次郎は、以前このブログでも紹介した通り「ぼくイエ1」を大いに感動しながら読み終えたので、発売直後からずっとランキング上位を維持しているこの続編も非常に楽しみにしておりました。

ところがいざ読了してみると、例の続編はオリジナルを越えられないの法則以上の違和感が残り、このやるせなさはどこから来るものかとちょっと悩んで考えざるを得ない気分となりました。相変わらず元底辺中学における日本と違う教育システムの仕組みは非常に興味深いですし、ミカコ先生のエスプリや音楽うんちくも健在ですし、我が故郷の福岡ネタも盛り込まれていますし、アイルランド系トラック野郎の配偶者の方はじじいなのに鉄板にファンキーですし、そのあたりには不満は全く有りません。そして何より日本より圧倒的に多様なイギリス社会において、そういう社会で避けられない人種や階級や主義信条の違いによって生じる複雑な問題を思いもよらない柔軟なメタ視点で乗り越えていく息子くんの成長ぶりが、遠からず訪れる親離れの予感を頼もしくも淋しく受け入れようとしているかぁちゃんの目線で愛情いっぱいに描かれていてこれは感動無しには読めません。

では何が違和感の原因なのか。先ず挙げねばならない点は物理的に歴然とやや薄いところかと思います。「ぼくイエ1」が321グラム、256ページ、ついでに1350円+税だったのに対し、「ぼくイエ2」は289グラム(▲10.0%)、208ページ(▲18.7%)で1300円+税(▲3.7%)と圧倒的にコスパが低下しており、これが物足りなさに繋がっている気がします。

更に、内容的には息子くんの中学卒業もまだでびしっとした区切りでもないのに、本シリーズ完結!と紹介文で煽られていることや、2019年の出来事を慌ててまとめたような取って付けた感からも何となく出版社との間の大人の事情を想起させられてしまい、読者のテンションをやや下げるという部分は否定できないと思います。

また、一貫して底辺の人々の視点で執筆されてきたミカコ先生の姿勢に変化やぶれは無いのですが、売れっ子ライターとなられた結果、忙し過ぎてちょっと底辺の人々と接する時間が物理的に減ってしまっているのではないか、と思わされるところが有ったり、非常に下衆い言い方となってしまいますが、印税収入を考えると明らかにミカコ先生は地べたのライターではなくなってしまっているとの先入観で読んでしまう金次郎のひねくれた性格が、手放しでは褒めるものかという歪んだ読後感に繋がっているのではないかと自己分析した次第です(苦笑)。こんなふうに爆発的に売れるライターさんは珍しいのかもしれませんが、金持ちになっても底辺の視点を維持できるのかという大いなるチャレンジをミカコ先生がどう乗り越えるのか今後の作品も引き続き楽しみに読んで参りたいと思います。

「神の悪手」(芦沢央著 新潮社)は米澤穂信か芦沢央かというぐらい金次郎の最近の推し作家さんの書かれた将棋ミステリー短編集です。将棋はゲームとして面白いことは勿論、奨励会、AI、師弟関係、駒などの道具といったストーリーに仕立てやすいモチーフが豊富なテーマなので将棋を取り上げた名作小説が直ぐに何冊も浮かびますが、底知れぬ将棋の魔力に魅せられた人々の思いを鮮やかに描きつつ、しかもしっかりと謎要素も盛り込んだミステリーに仕上げたという点では本作もそんな名作リストに食い込む素晴らしい出来栄えになっていると思います。将棋そのものの内容にかなり深く触れた短編もあり、特に詰将棋を題材とした作品である「ミイラ」は非常に凝った構成でじっくり頭を使って読み進めました。芦沢先生が相当将棋を研究して執筆に臨まれたと感じる点が随所に見られる力作ですので、特に将棋に興味をお持ちの方はご一読をお薦めします。

「オーラの発表会」(綿矢りさ著 集英社)は綿矢先生デビュー20周年を飾るとてもユニークな恋愛(?)小説です。価値観のずれや低機能な距離感アンテナのせいで、周囲の人との関係構築がままならない女子大生の主人公海松子(みるこ)ですが、相手の口臭を分析したり、福袋で調達した服を季節毎に無頓着に着回したり、趣味の凧揚げに全力で興じたりとその気ままな暮らしぶりが結構楽しそうに見えるのは金次郎だけでしょうか(笑)。そんな浮世離れ以外の何物でもない彼女を俗世に繋ぎ止めている唯一の友人であり、イケてる女子の完コピを得意技とする嫌われ者の〈まね師〉萌音のえげつない人間臭さが何だかすごく愛おしく感じる自分がやや不思議です(笑)。萌音が海松子を完コピしようとして海松子のダサいところをじっくり観察して真似る場面が有るのですが相当笑えました。タイトルに有る〈オーラ〉というのは信じられない形で物語内に登場するのですが、これが何の象徴になっているのか再読してじっくり考えてみたいと思わされる印象に残る一冊でした。

もうそろそろアフター4読書も2周年となります。結構長い間お付き合いいただきありがとうございます。きりの良い年末に恒例の人気記事ランキングを発表しようと考えていますが、わりとマニアな内容の「興亡の世界史シリーズ」を紹介した記事がかなり読まれていて、我ながらなぜ?と思っております。


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投稿者: 金次郎

読書が趣味の50代会社員です。

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